韓国語サークルin京都・滋賀
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2004年5月4日(めっちゃ雨)

昔どらここは大阪の鶴橋のすぐ隣の駅の今里に住んでいました。
今日は大阪の民族学博物館の研究員の方々といっしょにブラブラ歩き、もちろんうま〜いモノも食べて来ました。
住んでいるとどうしても行きつけの所にしか行かなくなりますが、今日は他の人の行きつけの店にも連れて行ってもらって新たな発見!

済州島の色濃い生野。かつて大阪の築港と済州島との間に定期便があったのです。

御幸森商店街は入口。韓国のチャンスン(木の人形)も日本の御幸森神社もフツーに存在する商店街です。

有名な徳山商店の店先です。


商店街の真ん中にある百済門。
オイソ(来てえな)、ポイソ(見てえな)、サイソ (買ってえな)は慶尚道(キョンサンドウ)方言の大阪弁訳。済州島出身者が多いにもかかわらず済州弁じゃないのは地域格差の影響か。ーーと、民族学博物館の人が言ってました。


この辺りでも一番古い商店の一つ。87才(だったかな)のハラボジは奥さんを亡くされ新しいヨメさん募集中〜。なんていいながら「冗談や」と照れてました。

お店の奥には家族の古い写真が貼ってあったり、骨董品みたいなレトロな雰囲気。釣り下がってる丸いものはケンガリという楽器。

同じくジンという銅鑼。

昔から大きな韓国キリスト教会はあるのですが仏教も負けていません。あちこちの民家をお寺にした所やこういったビル丸ごとの大きなお寺もあります。ビルの上は納骨堂だという話です。
その観音寺の向かい、でかいマンションや無機質なビルに挟まれて身を細くしながらもひっそりとたたずむ町家。
みんなで「おお、がんばってんな〜」とエールを送ってしまいました。
うーん、なんだろね。健康体験室って。
昔、よく食べに行きました。お好み焼きとか、おでんとか、モツ煮とかあります。なぜか芸能人のサインが壁いっぱいに貼ってあります。わざわざ来るんでしょうね。ここは商店街とも少し離れた普通の住宅街の中にあるんです。お店はいっぱいで外に並んでました。


鶴橋商店街はこんなトコ


鶴橋駅のホームは夕方になると高架下の焼き肉の店から立ち登る煙が食欲をそそるという日本でもまれに見る(?)誘惑の駅です。近鉄とJR、そして地下鉄千日前線が交差しているにぎやかな場所です。
その高架下一帯が大きな市場です。半分くらいがコリアンのお店で、その他半分が日本の市場と魚の卸売り市場です。
日本の市場ではかつをぶしや昆布、だしじゃこなど単品の食品を専門に売っている小さな店が立ち並びます。 世間の商店街同様シャッター街が進み廃業した昔からのお店もあります。そんな所を新しく来た韓国人が食材店や食堂などを出してまた活性化しているそうです。反面、最近は悪徳な偽コピーブランド品を販売する店も増えています。テレビのニュースによるとショーウィンドー越しに見てるだけで「買わないなら見るな」といちゃもんつけて店の中に連れ込むとカギをかけて…なんて暴力まがいの店があるというのを見ました。鶴橋の商店街もイメージダウンを憂慮し注意などしているそうですが、中々追放までには至っていないそうです。
 鶴橋商店街は古い小さい店舗付き住居が密集してできています。細い路地にバラックが目立ち、2階にせり出した小さな木製のベランダに洗濯物が揺れている様子はまるで東南アジアの様でいいカンジです。再開発してビルを建てる…なんて話もなくはないそうですがこんな風景が変わらず残ってる事が鶴橋の魅力の大きな部分だとどらここは思います。
商店街では人を雇って毎晩朝まで何回か夜回りをしているそうです。そのお陰で火事を出した事がないそうです。もし一軒でも火事になればすぐに商店街全体、もしかしたら鶴橋駅一帯が全て燃えてしまうかもしれません。
今は一か所で何でも売っているスーパーの規模を競って大きく展開していく中でノスタルジーを感じる風景です。


どらここのお気に入りのお店


どらここは韓国食材店で、はと麦を買いました。お肌が荒れがちなので料理なんかに使おうと思います。700gでたしか700円。その他唐辛子とかクコ、松の実、うこん、緑豆などなどいろいろ並んでましたがどれもけっこう安かった。
この商店街でどらここのご贔屓だった店はこの商店街で多分1つしかないトック(餅)屋さん。ケーキのような丸い形のうるち米のお餅に甘さ控えめの小豆が乗っている「シルトック」は1枚800円でよく友達に会いに行く時には持って行って好評だったものです。それからそのならびにある蒸し豚屋さん。いつもほかほか湯気を立てている豚の切り身を見るとついつい買いたくなってしまうのでした。

鶴橋駅下の商店街をずんずん歩いて行くと御幸森商店街に行きます。ここはどの駅からは少し遠いのですが、こここそが「コリアンタウン」と名乗っている商店街なのです。でも、普通にそこらへんの主婦が買い物に来る通りです。どらここもママチャリに乗って商店街入り口のスーパーに買い物に来てたものです。あんこうやエイ、鶏の丸ごとなど日本には普通にはあまり売ってない食材が普通に売っています。
商店街の真ん中ほどに昔はなかった「異文化ふれあいの家」という店。
1階ではショッピングと軽いお食事を韓国のテレビを大型スクリーンで見ながら。2階にはイベントスペースとギャラリーがあります。
2階のイベントスペースでやってたのは「冬ソナ」の写真のチェ・ジウの顔を自分の顔にすげ替えてヨン様との2ショット写真を作ってくれるという。。。。自分の顔がここに入ると思うとカナシくなるだけなワタシ。
リポビタンDの裏にひっそり隠れていたのは昔の町名票。研究者の人は大喜びだった。
あらら、アジュマ逃げちゃったわ。美味しそうな豚足2つで500円也。

●鶴橋商店街のホームページ
●生野コリアタウン公式ホームページ

なぜこんなところにコリアンタウン?


ところで、なぜ鶴橋駅や桃谷駅などからもちょっと離れているこんな所にコリアンタウンがあるのでしょう?コリアンタウンは鶴橋駅から歩いて行くと最後には平野川というお世辞にもきれいとは言えない川に突き当たって終わります。かつての私の住んでたマンションもこの川縁にあり、窓を開けると風に載って生臭い川が臭って来たものでした。それにはこんな歴史があるそうです。

「日本のコリアンワールドがおもしろいほどわかる本」(カン・ヒボン著 (株)樂書舘)から抜粋させて頂きます。
『そもそも在日コリアンが大阪に数多く住んだのは済州島と大阪の間に定期船が運行されていた事が大きい。
関東大震災以後の大阪は東京の混乱を尻目に産業規模が一気に高まり、特に1920年代後半から30年代前半にかけては、全国一の興行生産高を誇っていた。生活の糧を求めてやって来る人が職がある地域に住み着くのは当前の事であり、しかも定期航路でたやすい交通手段があるなら渡りに舟である。大阪が朝鮮から来る人たちを吸収したのも自然なことであった。
一方、平野川は度々水害をもたらす暴れ川だった。その改修工事に狩り出された大勢の朝鮮人労働者達が、そのまま平野川の周辺に住み着くようになった。それが今の御幸通商店街のあたりだった』


そんなわけでこの通りは正に地元の住民の為の商店街であり、住民が多くのコリアンであるために自然にコリアンタウンになって行ったのです。しかし、ここが「コリアンタウン」と名乗り華やかな門ができたのは最近のことです。どらここが住んでいた時にはまだありませんでした。今回、5、6年ぶりに訪れた御幸森商店街は冬ソナ効果で観光客が訪れるテーマパーク的なお店もできて楽しい雰囲気でした。笑っちゃったのは街のあちこちにペ・ヨンジュンとチェ・ジウがより副うNHKポスターが沢山貼ってありました。それがまたポスターの下部に「この感動も受信料から」とハングルで書いてあるのです。同じポスターを他の所でも見たけれどもちろん日本語。やっぱりここではハングルで書いてあるんですよね。韓国の人がいかに沢山住んでるか。お店や町並みの裏にももっと沢山の人たちが住んでいるのです。昔、どらここがここの商店街で国際電話会社のアルバイトで無料で国際電話をかけるイベントの案内をしていた時、ワラワラ〜と出て来て沢山の韓国人のアジュンマが故郷に電話をかけていました。そしてそのほとんどが済州島あてでした。まさにこの地域の特色を目の前で見た経験でした。また、この平野川の橋の上で小さな露天で商売しているハルモニもいました。その風情は正に韓国。きっと日本に来て長く住んだ人ではないのでは、と思います。韓国の人って年齢がいっても言葉の通じない、生活の基盤もない外国に移り住んでたくましく自立している。特に済州島の女性は働き者だと聞きましたが、たしかにパワフルです。

韓国のお寺


今回、訪れて目についたのが「韓国のお寺」です。キリスト教会は大きい教会があり、 街を歩くとビルの一室を教会にしている所とか、よく見ました。韓国はキリスト教のとても盛んな国です。どらここの日本に住む韓国人の友達はみんな日曜日には教会に通っています。韓国でも仏教はしっかり生きてはいるのですがキリスト教に比べたら規模や社会的な影響は大人しい気がします。伝統文化には切っても切れないつながりが見て取れますが。それが最近の鶴橋、桃谷エリアには小さい民家から写真にある通りに大きなお寺まで仏教のお寺が沢山ありました。ドアは開いているので外から渋い黄金色をした荘厳な仏様(プチョニム)の姿が見えます。韓国の仏教はこれまた日本とも中国とも違うあでやかな色彩を持っています。お寺に座っているとなんだか異世界にトリップしていくような感覚です。キリスト教会にも通っていたし、仏教の幼稚園にもかよったどらここですが、なんとはなしにお寺の方が気分的に落ち着きます。、、大きなビルの観音寺に入れていただきしばらく座ってました。そこでは韓国語と日本語はなんの垣根もなく自然にみなさんバイリンガルでした。
以前、呉善花さんの著書を読んだ時、日本の事をよく知る前にはキリスト教徒の善花さんにとって神社は理解しがたい奇異な存在に思え、また、教会の牧師さんも日本人の神社に対する信仰は気付いて悔い改めさせてやらないといけない事だと言っていた、、、というような事を書いていたような気がします。しかし、この御幸森商店街には御幸森神社があり、ここには普通に日本式のお祭りに出す立派な山車をしまってある倉庫が地元の人々により新築されていて、寄進している多くの人も在日の人たちなようでした。『在日韓国・朝鮮人』という人々は日本人以上にステレオタイプのないバラエティに富んだ生き方をしているのだなあ、と感じます。

鶴橋の韓国料理店の意外なサービス


と、歩き続けた後、また鶴橋駅の商店街の方に戻り新しい韓国料理店に入りました。ここではメニューのメインが韓国語でその下に日本語が添えてあるのです。メニューの多さも韓国の様。テレビも韓国の衛星放送です。KNTVじゃなくて韓国の現地の人が見ているそのままのチャンネルが放送されているので字幕は勿論ナシ。チャンネルの多さを考えたらKNTVから乗り換えても、、、と考えるような受信料でしたが、そんなに沢山のチャンネルがあっても見るヒマないですからね。今回同行してくれた国立民族学博物館のみなさんが店の壁を大きく飾る龍の絵を見て「これはすごいねえ。」と賞賛すると店のアジョシは「韓国から有名な画家を連れて来て描いてもらったものだ」と、教えてくれました。また、この絵で大阪市から飲食店の内装で表彰されたようでした。さらにこの店が面白いのはこの店の上で素泊まりできるのです。ここがいっぱいの時は近くにもう一軒民宿をやっているとの事。酔いつぶれても大丈夫、ってわけ。その他、大阪から釜山の新しいフェリーのパンフなんかもあったりで韓国関係の情報が色々手に入りました。またサークルにも持って行きますね。みなさんとも一度コリアンタウンツアーと称して食べに行きませんか?
今回「韓国らしさ満点の店」とその後2次会は「焼き鳥とか焼き肉屋キムチ、マッコルリもあるけれど、ご主人がレゲエとサーフィンを愛している事がわかるボロいけどお客さんがいっぱいの店」をハシゴしました。一人で行くのもつまらないのでまたみんなで行きましょう。

終わり。
 
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